江戸時代の名物に、多くの武士が連ねて歩く「大名行列」があります。
国元と江戸とを行き来する「参勤交代」の道中でも見られる光景で、映画や時代劇でご覧になった方も少なくないでしょう。
この「参勤交代」と「大名行列」って、どんな目的で生まれ、誰が名のために作ったのか、ご存知でしょうか?
本記事では、そんな疑問にお答えすべく、「参勤交代」と「大名行列」について、始まり・理由・歴史について調査した結果をお伝えしていきます。
江戸時代の参勤交代

江戸時代の参勤交代といえば、2014年に映画化された「超高速!参勤交代」が記憶に新しいです。
映画の中では、8代将軍の徳川吉宗が日本を治めている時代が舞台で、湯長谷藩が老中に無理難題を吹っ掛けられて、江戸から帰国早々、5日以内に参勤せよと命じられ、てんやわんやする物語です。
こちらの映画を見ると、参勤交代がどのように行われていたかわかりやすいです。
ここからは、その参勤交代目的、始まったきっかけ、行われた理由、歴史についてまとめていきます。
江戸時代の参勤交代の目的とは?何のため?
江戸時代の参勤交代の目的として、最も耳にするのが「大名の経済力を削いで、反抗する力をなくすため」という内容ですが、必ずしもそれが正しいわけではないようです。
というのも、幕府は大名に対して、参勤交代の参加人数を減らし、簡素な行列にするよう命じているのです。
何のためかというと、別の説としては、将軍と大名の主従関係、つまり御恩と奉公を確認する儀式であるというものがあります。
江戸時代になり太平の世の中で、大名が恩に報いるために、幕府に対して奉公をするには江戸に行き、仕事を勤めるしかなかったということです。
参勤交代の始まりは?誰が作った?
参勤交代を誰が作ったかと言うと、正式な参勤交代が定められた1635年で、3代将軍徳川家光です。
「武家諸法度」が改訂されて、そこに明記されたのが始まりです。
この時は、参勤交代の対象は外様大名のみが対象でしたが、1642年ごろからはすべての大名が対象となります。
参勤交代の理由は?なぜ行われた?
参勤交代がなぜ行われたかというと、大名側からすると、幕府から領地など与えられたという恩があります。
戦争中であれば、この恩に報いる方法としては、戦地に駆けつけて活躍をすることとなります。
ですが、参勤交代が始まったころには、太平の世となっており、幕府からの恩に報いる方法がありませんでした。
当初は、幕府から制定された決まりでしたが、そのような御恩と奉公の関係が、参勤交代を続けさせた理由なのではないかと思われます。
参勤交代の歴史は?
参勤交代の原型は、鎌倉幕府からあり、まさにそれが御恩と奉公と呼ばれるものです。
その後、織田信長や豊臣秀吉によって、有力者が権力者の近くに住まわせるということが定着していきます。
参勤交代中に起こった事件としては、1839年の日向佐土原藩があげられます。
なんと参勤交代中に、大名が急死してしまうのです。
跡継ぎは国元に残しているため、幕府にどのように取り繕うのか、当時はかなり大変だったでしょう。
江戸時代の大名行列

絢爛豪華な大名行列は、現代でも岡山県の矢掛の宿場祭りや、静岡県のいわた大祭りなど、各地に残る様々な祭りで見ることが出来ます。
そんな大名行列は、どんな目的で誰が始めたのか、歴史なども含めてまとめていきます。
江戸時代の大名行列の目的は?なんのため?
大名が移動をする際に組んでいた行列を「大名行列」と言いますが、単に大名を警護することだけが目的ではありませんでした。
なんのためかと言うと、家柄や権威を誇示し、大名自身の地位を確認して、周囲のその力を示すことも目的となっていました。
戦争で力を示せなかった時代ですから、大名行列が優位性を誇る方法だったわけです。
尚、行列の大多数は、お抱えの家来ではなく日雇いだったという場合もあったようです。
大名行列の始まりは?
調査をした範囲では、大名行列を始めたのが誰かは不明でした。
元々大名行列は、戦争時の移動で、軍事的な移動形態であったが、江戸時代に入り戦争がなくなり、権威と格式を誇示するようになった。
独眼竜で有名な奥州の雄、伊達政宗が見せた武者行列も、言ってしまえば大名行列の一種ということになるでしょう。
大名行列ってなぜ行われたの?
大名行列も大きく分けて2種類あります。
参勤交代の時に見られたような、国元と江戸とを移動する際の行列で、こちらは格式や権威を見せつけるという物がありました。
一方で、江戸の町の中を練り歩く大名行列では、そこまで見せつける必要はなかったので、大名の護衛が重視されていたことでしょう。
大名行列の歴史
参勤交代の制定に伴い、大名行列が各地を行きかうようになりますが、それに伴い事件も起こります。
生麦事件が最も代表的な歴史的事件でしょう。
1862年に薩摩藩の大名行列を横切ったとして、イギリス人が殺傷された事件です。
この事件は、大きな政治問題に発展し、後に、薩英戦争にまで悪化してしまいます。
大名行列を横切ったら殺傷されるだなんて、当時はそれほど大名行列に特権が与えられていました。
まとめ
ここまで参勤交代と大名行列の目的や始まり、歴史についてまとめてきました。
特に、参勤交代の目的が、大名を疲弊させるためなのではなく、御恩と奉公からきているという点には個人的に新発見でした。
もしかしたら、本記事を読んで、映画を見たり祭りを見に行きたいくなったかたもいらっしゃるかもしれませんね。
よろしければ、その感想をコメントしてもらえたら幸いです。
