昭和や平成の頃にはテレビでよく見かけていた時代劇も、今では再放送以外で視聴できる機会が少なくなりました。
そんな時代劇の中で聞き覚えのある声が「下に下に(したにー)です。
大名が籠に入れられて、多くの人員を引き連れて行列をなす大名行列の際に聞かれた掛け声です。
実は、この掛け声には「片寄れ片寄れ(かたよれ)」というものがあったのはご存知でしょうか?
本記事では、大名行列の掛け声「下に下に(したにー)」と「片寄れ片寄れ(かたよれ)」の違いについてまとめます。
また、露払いについてもまとめていきます。
大名行列の掛け声「下に下に(したにー)」「片寄れ片寄れ(かたよれ)」の違い

参勤交代や公務の際、大名が移動を行うときに形成される行列を「大名行列」と言います。
大名家の大きさにもよりますが、その人員は多く、庶民が見物に来るほど豪華な行列もありました。
その際の掛け声には「下に下に(したにー)」と「片寄れ片寄れ(かたよれ)」があり、その行列の大名がどのような系統の大名かによって使い分けられていました。
では、それぞれどのような大名が使っていたのでしょうか?
「下に下に(したにー)」を使っていた大名は?

「下に下に(したにー)」を使う事が許されていたのは、将軍家と紀伊・水戸・尾張の御三家です。
御三家は、江戸幕府初代将軍徳川家康の男子を始祖とし、家康の血を引く一門の最高位にあった紀伊・水戸・尾張の徳川家です。
将軍家に後嗣が絶えた時は、尾張家か紀伊家から養子を出すことになっており、実際、八代将軍徳川吉宗は紀伊家から養子に迎えられている。
このような権威のある大名が使っていたので、「下に下に(したにー)」の掛け声と共に、周囲の庶民には平伏するよう促していました。
「片寄れ片寄れ(かたよれ)」を使っていた大名は?
将軍家や御三家を除く大名、いわゆる譜代大名や外様大名と呼ばれる場合の大名行列では、「片寄れ片寄れ(かたよれ)」または、「よけろ~よけろ~」という掛け声が使われていました。
譜代大名は、関ヶ原の戦い以前から徳川家の家臣として仕え、後に大名に取り立てられたもののことを言います。大きな石高は与えられていなかったものの、国内の要地に配置されることが多かったです。
譜代大名の例として、徳川四天王と言われる酒井家、本多家、榊原家、井伊家などがあります。
一方、外様大名は関ヶ原の戦い以後に徳川家に臣従したものたちです。江戸から遠い地に置かれることが多く、潜在敵国として警戒されていました。
外様大名の例として、毛利家、島津家、伊達家などがあげられます。
また、大名行列の際は、庶民に対して、平伏は求めず、道を開けるように片側に寄れということで「片寄れ片寄れ」という掛け声が用いられていたそうです。
大名行列の掛け声は誰が発していた?
大名行列の掛け声は、先導の旗持ちが発していました。
大名行列の隊列は、大名家によって異なりますが、掛け声は先導の役割でした。
大名行列の役割りは?
大名行列の一例として、姫路藩主酒井家の隊列をご紹介します。
先頭から、「先払」「弓隊」「槍隊」「鉄砲隊」「本陣」「輜重隊」と並びます。
先払は、行列の戦闘で警戒し、障害や危険を取り除いたり、人払いをするのが役割です。
弓隊、槍隊、鉄砲隊は、それぞれの武器を備えた隊で、大名行列の見ものの一つでした。
本陣は、籠にのった藩主を、その周囲に中小姓を配置して守護し、身の回りの世話をさせていました。
輜重隊は、大名行列に必要な物資を運ぶ輸送部隊です。
大名行列は、時にとても長くなることもあったようで、将軍が日光に参詣する際に、先頭が日光についているのに最後尾はまだ出発していないということもあったようです。
露払いの目的は?
相撲で、土俵入りのとき、先導として土俵に上がる力士のことを露払いといいますが、大名行列の中にも露払い役がいました。
先払の中にいる御先払足軽がその役で、大名行列の通行を周囲に伝え、トラブルを未然に防ぐために人を払う露払いを行っていました。
大名行列には特権があり、横切ったりする者や隊列を乱す者に対しては、その場で「無礼討ち」にしてもかまわなかったのです。
そのような不要なトラブルを防ぐためにも、露払い役が必要だったというわけです。
「片寄れ片寄れ」と「偏り」の関係は?
譜代大名や外様大名が使っていた「片寄れ片寄れ」という掛け声ですが、別の字を充てると「偏り」とも書くことが出来ます。
いずれも片方に寄っているという意味ですが、片寄りは主に物や者に対して使われ、偏りは思想や形のないものに対して使われます。
大名行列の際は、対象が人ですので、「偏り」ではなく「片寄り」と書くのが正しいと言えるでしょう。
まとめ
今回の記事では、大名行列の掛け声「下に下に(したにー)」と「片寄れ片寄れ(かたよれ)」に注目をしてまとめました。
使える大名が違う事と、庶民の対応が異なるということが、わかっていただけたことでしょう。
令和の時代に耳にする事は少ないとは思いますが、もし、「下に下に(したにー)」という声が聞こえてきたら「無礼討ち」に合わないように気を付けてください。
