参勤交代時の大名行列では大名は駕籠に乗って移動していました。
この記事では、大名が使用していた駕籠について説明します。
参勤交代・大名行列で使われた駕籠とは?
駕籠と言えば、時代劇などでも見られるものですから、イメージするのは容易いと思います。駕籠にも種類があり、身分の高い武家や公家が乗る駕籠は「乗物」と呼ばれるもので、特に大型で柄が長いものは「長柄」と呼ばれます。
そういった「乗物」も大名の格によって形式が異なっています。例えば、将軍が乗る「乗物」は溜塗、総網代、棒黒塗のものです。大名のなかにも将軍と同じ溜塗、総網代、棒黒塗の「乗物」を使うことを許可されている者もいましたが、それは参勤交代時の大名行列では道中だけに限定されており、大名には江戸で溜塗、総網代、棒黒塗の「乗物」を使うことは許されていません。
大名が使う「乗物」は打上腰網代が最高格、以下は、腰黒、蓙巻のものと続きます。
福井県立若狭歴史博物館には、若狭国小浜藩の藩主になった酒井忠勝(小浜藩に移封される前は川越藩の藩主)に三代将軍家光が与えた駕籠が残されていますが、この駕籠も溜塗、総網代、棒黒塗の立派なものです。
こういった「乗物」には4人で担ぎ、大名の非公式の外出の際に使用された「御忍び駕籠」や2人で担ぎ、身分の高い武士が公用での外出時に使用した権門駕籠、大名家の女性の輿入れなどの際に使用された「女乗物」などがあります。ちなみに、「女乗物」は他の「乗物」と比較すると、女性が乗るもののためか、蒔絵などの華やかな装飾が施されているものが多いです。

ただし、武士であれば皆が「乗物」を常に使ったかというと、それも違います。
小身の大名は法仙寺駕籠と呼ばれる富裕な商人や医師も使うことの出来る駕籠に乗ることもありましたし、庶民が乗る町駕籠に武士が私用の際に乗ることも珍しいことではありませんでした。法仙寺駕籠や町駕籠などの駕籠は「乗物」には分類されません。
以上、参勤交代時の大名行列にも使われた駕籠について説明しました。
