大名行列には上級の武士だけではなく様々な身分の人が参加しました。大河ドラマや時代劇でも大名行列のシーンはありますが、細かな説明はありません。この記事では、大名行列に参加した人達が属していた様々な身分やその役割を解説していきます。
大名行列に参加した人達の身分とは? 徒士・足軽・中間・小者について
大名行列には、大名や大名に直接仕えている武士だけではなく、様々な身分の人達が参加していました。それらを出来る限り説明していきましょう。
徒士
武士ではありますが、馬に乗ることは許されていない身分のことを徒士と言います。現代の軍隊に当て嵌めると曹長以下の下士官に相当します。馬には乗れませんが、身分として武士(士分)なので苗字帯刀が公的に許されています。幕府で言えば、馬に乗ることが出来る武士は旗本で、馬に乗れない武士が御家人となるので、御家人が徒士に相当します。
足軽
足軽と言うと雑兵というイメージを持たれている方がいらっしゃると思いますが、そうではありません。戦国時代の足軽はそれぞれの勢力に仕えていました。一方、雑兵は金で雇われた兵士のことを指していたので、この二つは別物です。
江戸時代になり、戦がなくなっていくと足軽の多くは召し放たれました。現代で言うところのリストラにあってしまったわけですが、全てがリストラされてしまったわけではなく、引き続き仕えていた足軽も存在し、こういったリストラを免れた足軽は、武家社会の末端で働くことになりました。ただし、その実際の扱いは、幕府・各藩で変わってきます。準武士的な扱いをしている潘もあれば、百姓や町民と変わらない扱いをしていた潘もあります。
中間
武士ではありませんが、武家に仕える奉公人(武家奉公人)の一つです。武士ではないので苗字帯刀は許されていません。地方では、百姓の次男、三男と言った家を継げず、別の働き口を見つけなければならない人達にとっては就職先として機能してもいました。江戸では武家の数も多く、武家奉公人以外の就職先もありましたので、ある武家から別の武家へと就職先を変えていく「渡り中間」と呼ばれる人たちもいました。武士ではありませんので武装も制限されており、水戸藩のように基本的には脇差のみ(ただし水戸藩では公用時は太刀を帯びることが許可される)ということもありました。
小者
簡単に言ってしまうと、雑用係です。小者もまた武士ではなく、武家奉公人の一種です。

実は区分は曖昧
徒士、足軽、中間、小者といった大名行列に参加していた各身分を解説しましたが、先述したように一口に足軽といっても各藩で扱いが違います。たとえば、足軽を帰農(かつて農業をしていた人達がふたたび農業に戻ること)させて苗字帯刀を許可して警備などもやらせる潘もありました。こういった潘では帰農させた足軽は郷士(武士待遇の農民あるいは武士身分のまま農業を営んでいる人達のこと)として扱われているわけです。
ですが、その一方で、足軽と中間と区分していない潘もありました。中間と小者の区分ができないこともあります。どうしてそういう曖昧なことになっているか、というと、各地域、各藩で足軽、中間、小者といった人達の扱いが異なっていたからです。日本全国に統一された基準がなかったのです。
例えば、足軽を例にとると、熊本潘では足軽を帰農させて郷士とし「地筒」「郡筒」といった名ばかりの鉄砲隊を組織していました。名ばかりというのは、実際には地役人(奉行や代官などが任地採用した役人)として働いていたり、江戸詰めの人員として働いていたりしたからです。ところが、長州藩では足軽が死罪にあたる罪を犯した場合、切腹は許されず、磔(はりつけ)にされることが決まっていました。武士が死罪にあたる罪を犯した場合は、その多くは切腹ですから、長州藩では刑罰の面では足軽を武士とは異なるものとして扱っていたことがわかります。

このように、各地域、各藩で足軽、中間、小者といった人達の扱いが異なっているので、同じ「足軽」であっても準武士として扱われているところもあれば百姓・町人同然というところもあり、その実態は各地域・各藩で異なっているのです。
腰元は?
大名行列に参加している身分に腰元(侍女)を挙げなかったことを不思議に思われた方もいらっしゃるでしょう。催し物の一つとして現代に再現された大名行列には腰元が参加しているケースが多いようです。ですが、参勤交代などで特に遠距離を移動しなければならない場合は別行動でした。ただし、「又向ふより来るはお大名のお国からおゑど入の女中たち かごをつらせて四五人づれさはぎつれてくるを見て」と『東海道中膝栗毛』にあることからもわかるように、女性が旅をしなかったわけでもありません。
それぞれの役割とは? 槍持ち・先払いについて
大名行列に参加している人達には、課された役割を果たしている人達もいます。その役割についても解説します。
槍持ち
中間の仕事で、武士のメインウェポンの一つである槍を預かって持ち運びます。大名行列の先頭で槍持ちが持つ槍は毛槍と呼ばれるもので、各大名家ごとに特徴があったので、槍持ちが持つ毛槍からどの大名家の行列なのかを識別することが出来ました。
先払い
大名行列の先頭を行き、交通の安全を確保したり、人払いを行ったりする人たちのことを先払いと言います。なお、時代劇などでは先払いが「下に~、下に~~」と声を出していますが、これは御三家の尾張藩と紀州藩だけが使えるものです。水戸藩主は江戸定府(江戸に常駐)なので参勤交代はありません。他の大名家は「よけろ、よけろ」といったより平易な言葉で人払いを行い、民衆側も道の脇に避けるだけでよかったのです。
他にも旗竿(旗をかかげるための竿)や長持(ながもちと読む。長方形の大きな箱)、対挟箱(ついはさみばこと読む。衣類や文書などをおさめた箱で箱の上部には金具がありそこにかつぎ棒を通して背負って運ぶ)などを持ち運ぶものもいました。参勤交代は本来は軍役だったので、武具などを持ち運ぶことは当然で、そのためには多くの人手が必要だったのです。

以上、大名行列に参加した人々の身分や役割を解説いたしました。大名行列には武士だけではなく、その武士たちに仕える武家奉公人も参加しており、様々な人達がいたことを御理解いただけたものと思います。
