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大名行列が宿泊したのはどんなところ?

江戸時代の参勤交代で、日本中で見られるようになった大名行列は、最大で4000人規模になっていたそうです。

何日間もかけて、自分の藩と江戸とを行き来するわけなので、宿泊の手配だけでも一苦労です。

中学校や高校の修学旅行で、1泊2日を手配するだけでも何か月も前から準備するわけなので、それが立て続けに起こると考えると、当時の方々の苦労が目に浮かびます。

本記事では、大名行列が宿泊したのはどんなところかを解説し、今なお江戸の雰囲気を残す場所をご紹介します。

目次

大名行列が宿泊したのはどんなところ?

大名行列の人数は、小さな藩でも100人ほど、大きな藩になると1000人を超え、多い時で4000人規模でした。

これだけの人数で長距離移動を行うので、宿泊場所の確保は不可欠です。

江戸時代には街道が整備され、その街道沿いに設置されたのが宿場町で、大名行列の宿泊地としても利用されていました。

宿場町とは?

宿場町は、701年には原型があったと言われていて、京都と大宰府を結ぶ街道に宿駅が置かれ、宿泊施設がもうけられていました。

戦国時代になると、宿駅ごとに、人と馬とを交代させて物を運ぶ伝馬制が整備されます。

関ヶ原の戦いに勝利した徳川家康によって、さらに拡充され宿場町が形成されて行きます。

大名行列は、あらかじめ宿場に通達書を届け、宿の割り当てや人馬の手配を依頼します。

宿場に入ると、関札を掲げて、ほかの大名が利用できないように通達を行います。

宿場町の中心となった問屋場と本陣

宿場町は、問屋場や本陣、茶屋、伝馬場、旅籠、高札場などから構成されていました。

その中でも中心的な役割を果たしていたのが、問屋場と本陣です。

問屋場には、宿場町の運営を行う役人が所在している場所で、指令室のような役割を担っていました。

村の名主や、年寄、帳付と呼ばれる役割のものが詰めていました。

本陣は、主に大名が宿泊する施設で、時代と共に身分の高いものに限らず宿泊できるように変化していきます。

家臣は、周囲の旅籠や、寺院に宿泊し、人数に対して宿泊場所が少なければ、近隣の宿場に移動して宿泊していました。

宿場町を抑えるのも一苦労

全国各地から参勤交代で大名行列がやってくる宿場町では、宿泊希望10日前までに予約が必要でした。

天候によっては、行軍が遅れることもあったため、宿場町を確保するのも一苦労だったようです。

1年以上も前から準備する藩も

遠方の場合は、手配が一層困難になり、藩によっては1年以上も前から準備する場合がありました。

秋田藩佐竹家は、藩士の選抜や宿泊施設の手配や、多岐にわたる事務処理も加えて、実際に1年以上も前から準備していました。

宿場町側も、大名行列は膨大なお金を落とす上得意様なので、大きな宿場町の主人は正月に江戸を訪問し、献上品を送ったという事例もあります。

大名も宿場町も、大名行列を重視していたことがわかります。

最悪の場合は野営

宿場町が確保できなかった場合、大名行列は野営を選択していました。

大名行列は藩の城の機能を全て移動させるわけなので、食料や武器を所持するのはもちろん、野営ができる体制は常に確保されていました。

実際、仙台藩7代伊達重村は、帰国の際に途中で旅費が尽き、野営を行ったとの記録が残っています。

今もなお江戸を感じる宿場町5選

大名行列が宿泊をしていた宿場町ですが、今もなお江戸の雰囲気を残し、観光地として現代の方々に喜ばれている場所があります。

ここからは、そんな風情ある宿場町を5つご紹介します。

妻籠宿(長野県南木曽町)

長野県南木曽町にある妻籠宿は、中山道42番目の宿場で、木曽路を代表する観光名所として、多くの方に喜ばれています。

飲食店では五平餅や信州そばが堪能でき、土産物店ではヒノキ製品の実演販売に触れることが出来ます。

大内宿(福島県下郷町)

福島県下郷町にある大内宿は、会津西街道にあった半農半宿な宿場町です。

明治時代に入り、鉄道の普及と共に宿場町としての役割は廃れていったが、街道沿いに並ぶ茅葺屋根の民家など観光地として、現代に受け継がれています。

重要伝統的建造物群保存地区として1981年に選定され、福島県を代表する観光地として愛されています。

馬籠宿(岐阜県中津川市)

岐阜県中津川市にある馬籠宿は、中山道43番目の宿場です。

明治時代と大正時代に2度の火災に見舞われ、石畳と枡形以外、古い町並みが焼失しますが、その後、復元されます。

近代を代表する作家である島崎藤村の故郷としても知られており、文豪の生まれた土地として、観光客から愛されています。

奈良井宿(長野県塩尻市)

長野県塩尻市にある奈良井宿は、中山道34番目の宿場です。

重要伝統的建造物群保存地区として、当時の反映した街並みが保存され、江戸の雰囲気を感じることが出来ます。

難所の鳥居峠を控えて、多くの旅人によって栄えていたと言われています。

関宿(三重県亀山市)

三重県亀山市にある関宿は、東海道五十三次の47番目の宿場です。

三重県の北西端、鈴鹿山脈の山裾に位置しており、古代からの交通の要衝でした。

西の追分で大和街道と、東の追分で伊勢別街道と分かれる立地条件から、江戸時代は宿場としてにぎわっていました。

まとめ

ここまで、大名行列が宿泊をしていた宿場町についてまとめました。

今回紹介した5つの宿場町以外にも、全国各地に江戸の雰囲気を遺す町並みは多くあります。

当時の方々の生活に触れる事のできる宿場町を、是非一度味わっていただきたいと思います。

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