「下に~、下に~」や「片寄れ~、片寄れ~」との掛け声と共に、道々を歩いていた大名行列は、参勤交代の道中などで見かけられました。
大名行列には特権が与えられており、庶民を含め、横切ってはいけないとされていました。
ただ、全ての人が横切りを許されていたわけではありません。
本記事では、大名行列を横切っていい人についてまとめ、その背景にある歩き方や行列の長さについてもまとめます。
大名行列の歩き方とは?

大名行列の歩き方は、通常の旅人と比べると速かったようです。
道中にかかる宿泊費などの費用を抑えるためにも、早朝から夜まで行列を続けていたようです。
もしこのような状況にある行列が、誰かに横切られて速度を落とすようなことがあったら、費用が増えて大変なことになっていたのかもしれません。
大名行列の長さはどれくらい?
大名行列の長さに決まりはなく、大名の規模によって違いがありました。
長いものだと、加賀藩の大名行列が4000人で構成されており、約4kmとも言われています。
約4kmの行列が通り過ぎるには、時間にすると約50分かかってしまうため、この間、横切れないというのは、周囲の人にとっては不便だったでしょう。
大名行列を横切るとどうなるのか?
では、大名行列を横切ってしまうとどのような処分が下されるのでしょうか。
大名行列に与えられていた特権は、無礼討ちも辞さずというものでした。
無礼討ちというのは、武士を相手に無礼を働いた者に対して、注意後も無礼を重ねた場合に切り殺してよいというものです。
実際には、掛け声などで事前に警告が行われていたので、無礼討ちに至るケースは稀でした。
戦争の原因となった生麦事件
そんな稀なケースの無礼討ちから、戦争にまで至ってしまったのが「生麦事件」です。
江戸時代の後期に、薩摩藩の大名行列に遭遇した4人のイギリス人は、警告の意味を理解できず、行列を逆行してしまう。
何度も警告をしたが、言葉が通じず、無礼討ちに至ってしまう。
イギリスは薩摩藩に対し、謝罪と賠償金などの交渉を持ちかけるも決裂し、薩英戦争につながっていきます。
大名行列を横切ってもいい人は医者と産婆と飛脚だけ?

特権を与えられており、横切ると場合によっては殺されてしまう大名行列ですが、一部の人には横切ることがゆるされていました。
ここでは、大名行列を横切っていい人について、まとめていきます。
ただし、あくまでも大名行列を邪魔しないように横切っていたようで、割り込みができてわけではないようです。
横切る職業1:医者・産婆
まず、大名行列を横切ることのできた職業の一つめが、医者や産婆です。
現代でいうところの医療従事者という形になりますが、道を挟んだ反対側に患者や、妊婦がいては一刻を争います。
いくら特権のある大名行列とはいえ、目の前の命には代えることができないということなのでしょう。
横切る職業2:飛脚
次に、大名行列を横切ることのできた職業は、飛脚です。
当時の飛脚についての詳細は後述しますが、一刻も早く届けなければならないものを運んでいるためです。
飛脚は町人たちも利用できますが、大名などの偉い身分が利用していることもあり、重要書類の他、金品などの貴重品を届けることがありました。
その他:公家、神職、僧侶
公家、神職、僧侶などの特権階級は横切ることができたとの説があります。
このあたりは、大名家の格と、特権階級の格との違いにより、横切れる場合と、そうでない場合があったと考えられます。
実際、公家であっても、行列の大名の官位が高ければ、道をあけ、脇に寄らなければなりませんでした。
江戸時代の各職業の特徴は?
ここまで、大名行列の特徴と、横切れる職業について解説しました。
ここからは、大名行列を横切れる職業の医者、産婆、飛脚について、どのような職業なのかを解説します。
医者
江戸時代の医者は、朝廷や幕府、大名に仕える医師と、そうでない町医者に分けられます。
現代のように資格はなく、師について医術を学んだ医者、医学書を読んで少し学んだ医者、独学の医者など、未経験であっても名乗ることが可能でした。
そのように乱立していたため、現代ほどよい身分ではなく、むしろ最低クラスの身分だったとも言われています。
産婆
「大名を 胴切りにする 子安婆」という川柳は、大名行列を横切って良い産婆の事を詠んだものです。
当時の出産は、男子禁制で産婆さんの立会いの下で行われました。
産婆さんにもきちんとした資格があったわけではなく、胡散臭い産婆も実際はいたようです。
お産の取り上げ以外にも、妊婦の世話や指導、新生児や産後の女性の世話に携わっていました。
飛脚
飛脚は、リレー形式で荷物を運んでいる人のことをいい、徳川幕府が街道を整備したのをきっかけに制度化されました。
幕府が設けた「公用飛脚」、大名が設けた「大名飛脚」、民営の「町飛脚」などの種類がありました。
東京から大阪の間を最短で3日で走り抜けたと言われており、今のように道が舗装されていない時代を考慮すると、かなりの速度で荷物を運んでいたことが垣間見えます。
まとめ
ここまで、大名行列を横切ってもいい人は誰なのか、横切れる人は医者と産婆と飛脚の職業だけというのは本当なのかという点についてまとめました。
各大名が自らの威厳を示すために、時には豪華絢爛な行列を組み、歩いている中を、出産を控え走り抜ける産婆の図をイメージすると、少し口元が緩んできます。
時代劇のイメージで、つい、大名行列を捉えてしまいがちですが、実際は、実情に合わせた微笑ましいものだったのかもしれません。
