江戸時代の風物詩として有名な参勤交代ですが、現代のような移動手段がない中で、あれだけの大人数を移動させたメリットや理由はどういうものなのでしょうか?
莫大な金額を費やして、大変な想いをしてまでやるようなことなのか、現代に生きる私たちには見当もつきません。
本記事では、参勤交代が行われていた理由やメリット、そしてどんな大変なことがあったのかまとめます。
江戸時代の人たちの生活に想いを馳せながら、参勤交代に参加した気持ちで読んでもらえたら幸いです。
参勤交代が行われていた理由とは?

1615年に江戸幕府2代将軍徳川秀忠によって制定された「武家諸法度」を、1635年3代将軍家光が改変し、その際に追加されたのが参勤交代に関する制度です。
参勤交代が制度化されたことにより、各地の大名は妻子を人質として江戸に住まわせることになり、自領地と江戸とを1年ごとに行き来することになりました。
江戸幕府の狙いとしては、定期的に自領地と江戸とを行き来させ、多くの費用を使用させることで、各国の財政を圧迫させ、幕府に歯向かえないように力を削いだわけです。
幕府は参勤交代を通じて、各大名の力を削ぎ、新たな争いが生まれないようにしたわけです。
参勤交代のメリットとは?
幕府としては、各大名の力を削ぐことで、歯向かう力を削ぐというメリットがありましたが、他にもメリットがあったと言われています。
確かに、幕府にのみメリットがあるのであれば、各地の大名に不満が募り、江戸幕府はここまで長続きしていなかったはずです。
それでも、江戸幕府は日本の歴史の中でもまれに見るほどの長さを誇っていることから、参勤交代によるメリットは幕府以外にもあったのだと考えられます。
ここからは、参勤交代のメリットについて、大名の財政悪化以外についてまとめていきます。
見栄を張り、他の大名に力を見せつける
参勤交代が制定された1635年ごろには、日本各地での争いはほとんど見られなくなり、大名同士が武力によって主導権を握るということがなくなりました。
特に、日本国内でも最大規模の藩であった加賀藩は、見栄を張って他の大名に力を見せつけていたようです。
元々、加賀藩といえば、江戸幕府の初代将軍徳川家康とともに、豊臣秀吉から五大老に指名された前田利家が藩祖です。
その面子を考えると、参勤交代で見栄を張り、他の大名に力を見せつける必要があったのかもしれません。
幕府からの御恩に対する奉公
鎌倉幕府の時代には、幕府から与えられた土地や恩賞に対する奉公として、戦が発生した時に駆けつけるという風習がありました。
この忠誠心は、江戸幕府の時代にもあり、各地の大名は幕府の恩に報いる方法として、戦でなく参勤交代で江戸に赴き、仕事に勤しむという方法をとっていました。
参勤交代で、自領地から江戸に赴く事で、二心無しで幕府に対する忠誠を示すことが出来たわけです。
幕府の一存で、御国取りつぶしになることもあったため、参勤交代で忠誠を示すことは国を守る事にもつながったわけです。
江戸と地方の交流
8代将軍徳川吉宗によると、3代将軍家光のころの江戸は、人はまだ少なく、日本国を治める場所と言うにはさびしい町だったとの記録があります。
諸大名が妻子を江戸に住まわせ、自領地と江戸とを行き来することになれば、全国から人が集まり、江戸がにぎやかになると考えたようです。
実際、江戸と地方との情報交換が頻繁に行われるようになり、商売や学問が盛んに行われるようになりました。
逆に、江戸から各地へと持ち帰られたものもあり、参勤交代をきっかけに全国の文化交流が盛んになりました。
参勤交代が大変だと言われる理由

参勤交代にはメリットが多くあったわけですが、一方で、大変だったと言われる理由があります。
大名が多くの家来を引き連れて、華やかな大名行列を形成していたとイメージしますが、実際はそんなに華やかでも無かったようです。
ここからは、参勤交代で大変だった理由についてまとめていきます。
参勤交代にかかる費用が莫大である
参勤交代にかかる費用は、引き連れる家来の数や、行き来する日数などによって違ってきますが、各国の財政が悪化してしまうほどだったので、莫大な費用が必要だったことが想像できます。
例えば、上述した加賀藩の場合は、片道で現代の価値で言うと5億円が必要だったと言われています。
そして、往復の旅費以上に費用がかかったのが、江戸での支出です。
江戸での大名と家族の生活費、家来の給金などの費用も莫大だったようです。
移動距離が大変
参勤交代の際の大名行列は、ゆっくり進んでいたイメージがあるかもしれませんが、実際は1日で30~40kmを移動していたようです。
それでも、最も距離が離れている薩摩藩から江戸に赴くには、約1700kmの移動が必要になります。
薩摩から江戸までの所要日数は、40~60日程度だったとされています。
1か月以上移動に費やすって、想像しただけでも大変だなって思います。
人員を確保するのが大変
時代が進むにつれて、各藩の財政も圧迫され、参勤交代に連れていく人員は減少傾向になりました。
それでも、見栄もあるため、藩を出発するときと、江戸に到着した時だけ、エキストラを雇っていた藩もあるようです。
現代でもブラック企業に人が集まらないように、参勤交代時の人員確保には、苦労をした藩もあったようです。
まとめ
ここまで、莫大な金額をかけて大変な参勤交代(大名行列)をするメリットや理由はなに?見栄でやってた?についてまとめました。
華やかに見える参勤交代の裏側には、色々な苦労があったのだなとご理解いただけたでしょう。
当時の方々の苦労の上に、日本文化の交流があったのかと思うと、ご先祖様に感謝の気持ちがわいてきます。
