大名行列の移動手段で使われていたものとは?
大名行列では多くの人を連れて諸大名が江戸城まで行っていました。
よく大名行列として真っ先に浮かんでくるものは、大勢の人が整列して歩いているものが浮かぶと思います。
加えて、当時は人が籠を担いで行列で連なっているという絵がイメージできると思います。
しかし、この時代は人以外にも移動手段として馬や象が使われていたということを皆さんはご存知でしょうか。
今では動物園でしか見ることができない動物ですが、この当時の馬や象はどのように使われていたのかを見ていきましょう。
大名行列の移動手段:馬
参勤交代で殿様は籠に乗って江戸城まで向かいます。
殿様は警備という面で、籠に乗ってずっと行くほうが安全としてはいいです。
しかし、乗る側としては籠にずっと乗っているのは苦痛でした。籠には薄い布団がひいているだけだったので、乗っている殿様としては居心地があまりよくなかったようです。
そのため、籠から乗り換えたりする用で馬を連れていました。
しかし、馬は乗り疲れた時用ばかりではありませんでした。
何か危険が迫った時に、殿様を速やかに逃すことができるようにでした。
ただ、馬を行列に加わるということは轡を取る口取の者も必要でした。
飼葉を持ち運ぶ人や、飼葉も必要になります。
道中で宿場に泊まるときの必要な荷物や、江戸に滞在しているときの荷物もあるため大勢の人数が必要でした。
このように、大名行列では馬を一頭だけ連れて歩くのではなく、何かトラブルがあった時ように替えの馬を連れて行かなくてはいけませんでした。
移動手段以外にも人馬という用途があった
前述での馬の用途は、出発地点から殿様用の乗り換えとして連れていました。
しかし、別の用途としても馬を利用していました。
当時の参勤交代の道中は、宿場から宿場まで移動することの連続でした。
その宿場から宿場まで移動していた時に馬もそこでかえて、江戸まで行くということをしていました。
このように公用の書状などの荷物を、出発地から目的地まで同じ人や馬が運ぶわけではなく、宿場ごとに馬を交替して運ぶ制度があります。
そのことを「伝馬制」といいます。
上記の宿場町で荷物を乗せて馬を替える以外にも、対策をこうじていました。
それは馬や人を宿場町でかえていかないと馬も疲れてきてしまい、道中に馬が使えなくってしまうことがある可能性もあります。
そのリスクを回避するために、馬の予備を何頭も連れて行く必要がありました。
そのため、予備の馬に必要な人が増えるので、大行列になっていたのです。
基本的に大名は江戸の屋敷で自分の屋敷と同様に過ごせるように、お付きのものは準備していかなければなりませんでした。
荷物を運ぶだけでもかなりの人数が必要だったから、大名行列というのは大勢の人が連なっていったんですね。
大名行列の移動手段:象
前述では移動手段として馬を紹介しましたが、象も使っていた時がありました。
基本的に移動手段として利用していたのは馬のほうがメジャーでしたが、象は別の用途として海外から象が来ていました。
享保13年(1728)6月、現在のベトナムにあたるところから象2頭が入港していました。
その象というのは、第8代将軍の徳川吉宗の献上品である「御用の像」として来ていたのです。
そのため、普通の大名行列とはわけが違う行列でした。
将軍のために献上する品だったため、御用の象にもしものことがないように道すがらの村々に指示を出していました。
そのぐらいみんな緊張して準備していたので、像が通るという物珍しさで見ようという人はいませんでした。
各藩に出されたお触れについても例を紹介していきましょう。
- 像が通る日は縄を張り、見物人は静かにしていること
- 珍しい動物のため、他所〔よそ〕者が見たいと言ってきても断ること
- 鍛冶屋なふど大きな物音を出す商売は、象が通り過ぎるまで待つこと
- 像の視界に牛が入らないようにすること etc…
上記のように像が通るだけで細かい制限がされていました。
結構、上記の規則を見ると細かく決められていて、制限されていますね。
これは身分の高い人が通る時のように、丁寧におもてなしをされていたようです。
その準備に各藩の人々は入念にしていたことが読み取れます。
まとめ
このように大名行列には主に移動手段で、馬が使用されていました。
しかし、当時は荷物を持つために使われていたり、殿様の乗り換え用に使われていたことも驚きだったと思います。
馬は日常的に移動手段として使われていましたが、それ以外にもあった動物はいました。
それは特例として象が、江戸まで移動していたりしました。
これは移動手段というより献上品としての用途として使われていました。
このように移動の手段としては、馬が使われるのが一般的だったということが見てとれます。
日常的に戦となれば馬を使って、敵陣に乗り込むことに慣れているところから見るに、馬は非常にみじかな動物だったことがわかります。
このようなことから、大名行列での移動手段がそれぞれの用途であったということが分かります。
